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危機的な生存維持モードと認知バイアスの関係

更新日:6月11日



危機的な生存維持モードと認知バイアスの関係

連日報道される新型コロナウイルスの脅威や、世界的な経済への影響。みなさんも意識的、あるいは無意識のうちにこうした情報を取り込み、日々の生活や行動、そして精神的な状態に、さまざまな作用が及んでいるのではないでしょうか。


もちろん僕も例外ではなく、仕事の合間やちょっとした時間に、さまざまなメディアに「意図的に」目を通しています。その中には僕が意識する意図と、無意識に働く意図の両面があることも感じています。


例えば、新型コロナウイルスの感染者数を日毎にみていると、「今日は昨日よりも減っている、もしかしたら小康状態に入るかもしれない」とちょっと安心できる。あるいは、「ニューヨークの原油先物相場が急落する、世界的に経済バランスが大きく崩れる」ことへの不安感が増す。といったように、意識している意図は、単に情報の把握であるにも関わらず、無意識の意図に安心したい、もしくは悲観的感情を許容したいという心理が隠されています。


現在、僕たちを取り巻く状況では、いつ自分が新型コロナウイルスに感染してもおかしくないでしょう。どんなに徹底した衛生管理や、外出自粛でも、リスクをゼロにすることは、経済の仕組み上、そして近代化された環境においては不可能に思えます。そんな中で人はどんな心理状態を抱くかを、マズローの欲求段階に照らしてみるとわかりやすいです。平常時であれば、社会やコミュニティに帰属する社会的欲求や、さらに上位の承認欲求、自己実現欲求という形で、安定した生活の上に人はより生きる意味を見出す方向へと欲求を高めていきます。しかし、昨今の非常時においては、まず感染しないようにする、経済不安定の中でも生活の糧を確保する、ロックダウンに備えて必需品を備蓄するといった安全欲求の確保に走り、さらには生命維持のための生理欲求に下降していきます。まさに今、世界的に人は安全欲求や生理欲求の域に入っているのです。これは、人のマインドセットや精神的訓練などで完全に制御できるものではありません。人間の本能として、生命維持スイッチが押された、ある意味正常な状態なのです。


ただ、ここで気がつくべきなのは、生命維持モードに入っている時こそ、無意識の心理的動作が起こりやすい状態になっていることです。感情が湧いてパニックになる、あるいは自分ごとではないとニュースをメディア越しのこととして傍観している。よくよく自身を振り返ると、そんな反応に気づくのではないでしょうか。


この、無意識に働く心理的動作こそ、「認知バイアス」と呼ばれるものです。このバイアスの存在を認識し、どんな時、どのように自分の中で作用しているかを把握することが大事です。新型コロナウイルスによって、世界では至る所で悲しい話が聞こえるようになりました。


スタートアップ界隈では、社会価値をビジネスの起点に動いてきた投資家には去ってゆく人たちも出始め、起業家同士が協調を捨てて争いをしているという話も聞きます。中央北ヨーロッパからの起業家が集まるエストニアさえ、国や民族の違いから差別的な発言が飛び交うなど、耳を塞ぎたくなるような話も聞きます。日本も例外ではなく、感染者や家族が見ず知らずの人から攻撃されるニュースもあります。


このような極端な心理状態が引き起こす、対人関係におけるバイアスが非建設的に働き続けるとどうなるでしょうか。ひたすら生存競争が繰り返され、ビジネスパートナーや隣人との良好な関係は崩れます。少し前までは声高に叫ばれていたイノベーションやSDGsはおとぎ話になり、社会は不信感が漂う生存競争に陥るでしょう。


僕たちは今、何を目指すべきなのか。ただ元の経済状態や生活パターンに原状復帰するのか、それとも、今を変革前夜の旧世界の終焉と捉え、新しいパラダイムをつくり上げるのか。前回の記事「新型コロナウイルスのカオスから生き残るための意思決定力」でもお話しましたが、新型コロナショックで僕たちはこれまでの社会システムに、すぐには解決できない厄介な問題が無数かつ複雑に潜んでいることが明るみに出てきました。個人の意識や倫理観、そういった人間性を形成する教育のあり方、人の密集する公共交通機関の設計、さらには街の構造、メディアや行政の仕組みなど、全世界で人類が抱える問題です。そして、意識するべきなのは、ただ問題を客観的に捉えるのではなく、僕たち自身が問題の主体である(we are the problem)と認識して自身に問うことができるかが重要です。その先に、新しいパラダイムが生まれるでしょう。


経営に求められる基本動作

変化の振れ幅やインパクトが大きく、速いスピードで状況が刻々と変わる中で、まず求められるのは、僕たちが今どんな思考パターンで動いているか、現状を認識することです。


人の思考パターンは、多くの場合「一般化」「省略化」「歪曲化」のパターンが必ず現れます。ですが、変化の激しい状況では、この思考パターンが顕著に出やすくなります。行動の最中に自分のいき過ぎたパターンを察知することで、どうすればいいかわからないときに、どうすればいいかがわかる状態をつくっていくことができます。それが、あらゆる局面で、意図的に人や問題と接触あるいは離脱する、とにかく動くか冷静に距離をおいて考えるかなどの選択をすることにつながります。


主なパターンを詳しくみていきましょう。


(1)行き過ぎた一般化(Over-generalization)

経験や根拠が不十分なまま、早まった結論づけをすることです。物事の定義をする上 では、ある程度の一般化は必然ですが、行き過ぎると、客観的かつ事実に基づく理解 を越えて、深読みをして周囲の誤解や不信を招きます。


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例えば「東京の人はみんな冷たいんだ」と言ったとします。この場合、「みんな」とは一体誰と誰のことなのか、都民全員のことなのか、と言った形で掘り下げてみれ ば、「東京の人」という大きな括りを対象に、「みんな冷たい」という根拠不十分な 話であることは明らかです。


(2)省略化(Jumping to conclusions))

相手の主張をネガティブなものであると推測する「動機の勘繰り」、その主張がネガ ティブな結果だろうと予測する「予言」、その主張をする相手にネガティブなレッテ ルを貼る「レッテル貼り」の3種類があります。


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例えば、「あなたのレストランは接客態度がなっていない」と言った場合、「どの ような点がなっていないのか」「どのスタッフに問題があるのか」といった形で、直感に基づく意思決定や行動の裏側にこのような結論の飛躍が潜んでいないか、確 かめることが大事です。


(3)歪曲化(Distortion)

失敗、弱み、脅威について、実際よりも過大に受け取ったり、一方で成功、強み、 チャンスを実際よりも過小に捉える傾向です。


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例えば、「目をそらされたのは、自分が嫌われているからだ。」というのは過大な歪 曲になります。どうしてそう感じるのか、何を持って嫌われていると決定づけるの か、明確にすることが必要です。日本のことわざの「風が吹けば桶屋が儲かる」のよ うに、因果関係を具体化することで、本当に影響が及ぶ物事や場所を正しく把握する ことにつながります。


このような思考パターンは、気づかないうちに日常の生活や仕事の会話で発生しています。日本人のコミュニケーションは海外に比べるとハイコンテクストです。会話の文脈や背景の共有性が高いので、詳細を言語化して伝える努力をしなくても、ある程度、以心伝心で察することができます。そのため、一般化、省略化、歪曲化が会話の中に見られても、ハイコンテクストなコミュニケーションが吸収してくれます。お互いが理解し合おうとする素晴らしい文化である一方で、時には「そこは察してよ」とか「KYだな」といった相互不信をもたらす場合もあります。特に、変化が激しい中で、すぐに、かつ無駄なく動かなくてはならない状況においては、逆効果を招く危険性があります。これが経営の意思決定やリーダーシップに関する会話だったとしたらどうなるでしょうか。


今、経営のリーダーは組織のあらゆるメンバーからの注目を集めていると言えるでしょう。この困難な状況の中で、前向きかつ力強い経営の姿をみて希望を抱きたい、具体的なアクションによってチームを動かし続けて欲しいなど、経営者の一挙手一投足が、メンバーのモチベーションにつながります。だからこそ、経営者は自身の思考パターンをよく理解し、メンバーに不信や不協和の種を蒔くことなく、丁寧な対話を心がけることが求められます。


認知バイアスは消せない!どう付き合うかが大事

思考パターンの背景にあるのは認知バイアスです。思考パターンの把握ができたら、そのパターンを生み出している認知バイアスに目を向けてみるといいでしょう。ここでも、現在の状況に照らして、いくつかの認知バイアスを紹介します。


「今は商談ストップするのはしょうがないけれど、まあすぐに戻るだろう。」

自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価する「正常性バイアス(Normality bias)」や、自分に限っては悪いことは起こらないだろうと考える「楽観主義バイアス(Optimism bias)」にあたります。新型コロナが終われば、また元の状態に戻るんだろうと考えがちで、今まさに消費傾向やコミュニケーションのオンライン化など人の行動変容に鈍感になってしまいます。


「ECに力を入れてたところだからオンライン化が進んでちょうどいい!」

仮説や信念を支持する情報ばかりを集め、反する情報を無視したり集めようとしない「確証バイアス(Confirmation bias)」です。正しい判断から外れて行ってしまうため、いざという時に、打ち手が手元にないなんていう状態を自分で作ってしまうことになります。常に自分に都合の悪い情報も積極的に取り込んでおくことが、後々の対策の選択肢を増やすことにつながります。オンライン化は確かに新たな消費行動のひとつですが、消費対象の変化や貯蓄傾向によってマーケットそのものがシュリンクする可能性を無視していないでしょうか。


 「内定取り消しをしている企業も出てきた。うちも採用を控えなくては!」

 落ち込んだり不安な時に、さらに悪いことが起きると感じる傾向で、感情的になってパニックに陥りやすい「悲観主義バイアス(Pessimism bias)」が働いています。また同時に、行動を選択する際に、他者の行動を観察し同調する「同調バイアス(Conformity bias)」も合わさっているでしょう。衝動的に動く前に、まず自分に一時停止ボタンを押し、状況を冷静に捉えるべきです。トイレットペーパーやマスク、食料品の買いだめも同じことです。


 「好条件で融資は受けられる。でも、どっちみち返済ならばこのまま休業したほうがいい。」

 この先の変化は読みきれません。この先の問題を想定したり、対策を打つことなく現状維持を望む傾向を「現状維持バイアス(Status quo bias)」といいます。飲食店業の中には、緊急の融資を好条件で受けることができるケースが増えています。ただ現状を乗り切ることだけではなく、自ら変化に適応しなければ、現状に止まって衰える一方です。


 「自分は認知バイアスにとらわれないで、客観的に情報を見ている。」


 実はこれもひとつの認知バイアスで、「ナイーブ・リアリズム(Naive realism)」と呼ばれるものです。ニュースで見聞きする世の中の感情バイアス(楽観主義バイアスや悲観主義バイアス)や同調バイアスを察知しながらも、自分は大多数と違って、外界の現象を冷静に捉えていると考える心理です。人間は感情の生き物でもあります。今この瞬間にも、常に誰しもが何かしらのバイアスを持っているという前提で動かなくてはいけません。


 ここでは認知バイアスの代表的なものをピックアップしましたが、実際には数百を超える種類のバイアスが研究されています。それほど、僕たちの生活や仕事は、繊細な心理感情に基づいて日々動いていることを考えれば、問題の複雑さに納得できるのではないでしょうか。


こうした認知バイアスと上手く付き合うには、自分をメタ認知することが大事です。コーチングの過程でもまず状況を正しく捉え、自身と向きあうことを重視します。ビジネスの経営コーチングにおいても、スポーツのチームコーチングにおいても同じです。メタ認知を通じて、今抱える問題を明確にし、選択肢を整理し、意思決定プロセスを整えます。過去と未来、利益チャンスと損害リスク、自分と他者など、さまざまな角度からアプローチすることや、より問題の事象を具体化することで、ネガティブなスパイラルから脱して、建設的な 思考や会話、意思決定に引き戻すことができます。それらの考察を通じながら、コアバリューを再定義し、そこに迷いなく動いて行ける状態を作っていきます。


大事なことは、認知バイアスを消し去ろうとしないことです。人間が感情を持つ生き物である以上、不可能に近いと言えます。動物であれば、物理的な危機が続かない限りは状況が落ち着けば神経系統も落ち着きます。ですが、人間は「fight」「fly」 か「freeze」(戦うか逃げるか立ちすくむか)の状況を自ら作り、1日でも1週間でも1ヶ月でも危機を保ち続けることができるのです。ですから、認知バイアスにとらわれるのではなく、認知バイアスを上手く活用するという考え方が必要です。楽観主義バイアスは、リーダーシップ発揮において活用できます。みんなが落ち込んでいたとしても、あくまで可能性を見続ける、全てをオポチュニティとして捉えて行くことができれば、頼もしいリーダーとしてメンバーがついてくるでしょう。悲観主義バイアスが働いているのならば、その心理の裏側にある自身の意図を紐解いて行くことで、本来求めている状態を鮮明に描くことができますし、何が具体的な脅威であるかも浮かび上がってくるはずです。経営のリーダーシップについては、ぜひこちらの過去掲載記事もご覧ください。「新型コロナ対策で経営者が今やるべき5つのこと」


もう一つの認知バイアスとの付き合い方としては、あえてバイアスを生みやすい情報をシャットダウンしてしまうことです。不安にかられた状態から脱したい、もしくは、同調に巻き込まれないように自分の軸を保ちたい、という時には、必要最低限の情報を、信頼できる情報ソースから得るように情報環境を整えることで、ブレない心理状態をコントロールすることができます。


新しい世界をつくる、未来の描き方

「When the going gets tough, the tough get going」。状況が厳しくなれば、本質的に強いマインドとブレない軸を持つ人たちの動きは鮮明に見えてきます。そして、その動きは突発的なものではなく、かねてから彼らのビジョンの中に選択肢として準備されているものなのです。それは、生き残りのための意思決定や、正常化のための経営判断ではありません。いずれは潮目を掴み、選択肢を実行し、ビジョンを具現化させるという大きな軸を中心にした動きであることに間違いありません。


彼らから聞こえてくるのは「もともと考えていたんだけれど、コロナショックでちょっと時期が早まった。今がタイミングだ!」といういかにも冷静な声です。


今この段階で、ストレス状態に振り回されることなく、軸を持って新しい世界を描く機会が訪れています。自宅で過ごしながら、これまでを振り返ったり、自分に向き合ってみるのもいいでしょう。


投資家で連続起業家の孫泰蔵さんと、今の状況について会話をした時に、こんな考え方を聞かせてくれました。人の生活は「文明」という大きなパラダイムの上で動いています。現代の文明は、工業生産の歴史が培った効率性と生産性により、多くの人々が集まってそれぞれの役割をこなす分業型であり、それは仕事に限らず生活にも及んでいます。都市に人々が集中して暮らし、過酷な通勤と残業で家族との時間を犠牲にしながらも、物価の高い都市での暮らしを維持するためにあくせく働く。しかし、もはや分業的な集約労働が破綻しつつある経済の中で、都市に密集する意味は色褪せ、テクノロジーを用いて地方でも十分に豊かな暮らしをすることができるようになっています。この孫さんのお話からは、新しい世界を描くのに、価値の起点の置き方、つまりは「人間としての幸せの追求」が本質的な問いであることに気づかれされます。


新型コロナを通じて、世界の問題が巡り巡って自分の問題につながってくることを実感した方も少なくないと思います。(まさに、風が吹けば桶屋が儲かる、の典型ですね。)これを逆のプロセスを辿ってみれば、自分の行動を世界の問題解決につなげられるとも言えます。新しい世界をつくることは壮大でありながら、決して無理難題ではないはずです。そして、第2、第3の新型コロナショックとも言えるくらいのパラダイムシフトは、必ず起こり続けるでしょう。


さて、みなさんはどんな軸を持って動きますか。

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